安田純平氏シリアで行方不明IS?!イラク拘束歴ジャーナリスト国籍?歌手myu妻

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Junpei Yasuda

ャーナリストの安田純平さんが6月下旬から
シリアで行方不明になっているようです。ISヌスラ
イラク日本人人質事件の自己責任論でバッシングされるも、
各地で取材を続け、ルポルタージュを出版しています。
妻の歌手myuさんとイラク大使館訪問、チャリティに参加したことも。


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全保障関連法案がついに衆院平和安全法制特別委員会で採決
可決のニュースが報道される中で、
尚も掻き消されそうになっている重要な事件のひとつが、
ジャーナリスト安田純平さんのシリア入国後の音信不通です。

安田氏は最後の投稿で「これまでの取材では場所は伏せつつ現場からブログやツイッターで現状を書いていたが、取材への妨害が本当に洒落にならないレベルになってきているので、今後は難しいかなと思っている」と述べていた。

取材妨害とはどういったものだったのでしょう??

ISの関与か、アルカイダ傘下のイスラム過激派組織ヌスラ

拘束ではなく襲撃に巻き込まれた可能性も。

音信不通になる前に居たとされるシリア・コバニの街にクルド民兵YPGの哨戒網を潜り抜けたIS戦闘員約100人が奇襲攻撃
市民233人死亡、300人以上が負傷
IS側は捕虜1人、7人がトルコ側へ逃走、残り全滅

フジテレビの質問に対し、岸田外相
今邦人が拘束されたとの情報には接していない
「シリアに入っているのかどうかも確認していない」と回答しています。

とにかく、後藤さんの二の前にはなってほしくない!
民間人やジャーナリストがこの度も水面下でもう動いている可能性が高く、

政府が邪魔をしないことと、彼の無事を願うばかりです。

HPは→こちら

——なぜ、紛争地帯にジャーナリストが行かなければならないのか?

 

ジャーナリストが現地に行くのは、「紛争地で起きていることを知りたい」からです。

「インターネットで検索すれば見たいモノが見られるから、現地に行く必要はない」という人もいます。

しかし、インターネットでは手に入らない情報が、現場には必ずあります。

 

たとえば、シリア内戦を取材すれば、現地の人たちからは「昔の彼女が敵側にいる。どうしているだろうか」「サッカーのチームメイトが向こう側にいる」といった話が出てきます。

そうした話を集めていくことで、なぜ彼らが対立しているのか。どういう思いで暮らしているのかといった、個人個人のディテールが見えてきます。

戦闘員のいない住宅地へ無差別攻撃が行なわれているという一部始終を確認できることもあります。

mig

田さんは埼玉県入間市出身。
埼玉県立川越高校、一橋大学社会学部卒業。

1997年 信濃毎日新聞入社。

2003年に休暇でアフガニスタンを訪問、取材。
再び休暇を取りイラクの取材へ。
これを転機に新聞社を退社しました。

 

リーの記者になってからは
イラク軍や警察に拘束されながらも取材を。

内戦状態で取材が困難となったイラクに入国するため、基地建設現場や民間軍事会社事務所などイラク軍関連施設で料理人として働きながら取材したことも。

 

04年にバグダッドで武装勢力に拘束される。この時、紛争地帯に自ら足を踏み入れたにも関わらず日本政府に解放交渉をさせたとして、一部の日本人から批判を浴びた。 

一緒に人質となった渡辺修孝さんは「人質である自分たちを助けるために政府は自衛隊を撤退させるべきだった」とし、

後に「自衛隊を撤退させなかった事」に対し500万円の損害賠償を求める訴訟を起こしました。が、敗訴。

このとき彼らが助かったのは、日本に平和憲法があったからでしょう。

 

の年は他にも人質事件として
24歳の香田証生さんが犠牲になった年でもあります。

陸上自衛隊が駐留するイラク南部サマワで、2004年11月5日、イスラム教の金曜礼拝が行われた。シーア派の有力聖職者マード・アルワイリ師は香田が武装グループに拉致され、殺害されたことについて哀悼の意を表した。そして、イスラム教徒ではないのにイラクの復興に尽くしてくれる日本人達に感謝すべきであると信徒に諭した。

今でも彼が滞在していたヨルダンの宿では
「コーダ」の名前が掲げられています。

 

さまで歌手のmyuさんの画像は→こちら

 

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